「行ってきまーす!」
勢いよく玄関のドアを開けて私は飛び出す。8:27。
始業のチャイムと共に校門が閉まるのは、8:45。家からはぎりぎりの時間だ。
間に合うのかって? この時間なら、と頭の中で毎朝のルートを思い浮かべ、走る。右手に学校指定カバン、斜めがけにしたセカンドバッグ、ステップに合わせて緑のチェックのスカートが踊る。
もしかしたら中身がみえているかもしれないひらめき具合だけど、どうせ中には体育用のハーフパンツをはきこんでいるんだ、気にしない。
それより大事なことは、と、赤い屋根の大きな家がある曲がり角で腕時計に目を走らせる。
8:32。大丈夫。今日のこのペースなら、じゅうぶん45分までに滑り込める。
毎日走り続けて得た、経験上。
前方に大通り、歩行者用信号は赤い。少しペースをゆるめ、ここで息を整える。まだ折り返し地点。
大通りの信号が黄色になった。ダッシュ開始。横断歩道にさしかかる寸前で、ちょうどハトの電子音声。青になった歩行者用信号を確認して、そのままの速度で走り抜ける。アスファルトの上の白いペイントを飛び越えながら、ふと思う。
……今は学生だからいいけど、この先就職とかしたらどうなるんだろう。
遅刻が原因でお仕事首になっちゃったりするかもしれない。
8時37分。公園にさしかかる。
二本目と三本目の木の間から駆け込み、砂場やベンチを横目に斜めに走り過ぎる。貴重なショートカットだ。
フェンスの間から出て鋭角に曲がる。いいペースだ。ちょっと気がゆるんで、さっきの思考が復活し、ひとりごとになる。
「……デートとかもやばいんじゃ」
やったことないっていうか、彼氏いないどころか、好きな人もいないけど。
漫画にあるように15分待たせて「ごっめぇ〜ん、待ったぁ?」なんてキャラじゃないし、ファッション雑誌にあるそれ系の記事とか読むと、現実の男の子って結構遅刻にうるさいみたいだし。
「だらしない女の子って思われる以上に、他意……つまりあんま好きじゃないとか、フタマタとか疑われたら、どうしよう?
……かくなる上は、遅刻に寛容な彼氏を探すしか?」
でもそんなのって見ただけでわかるの?
自分も遅刻魔な男の子とか? でもそれでだらしなかったらどうしよう、清潔な子じゃなきゃ嫌だよ?
それに見た目もある程度はほしいし、やさしい人じゃなかったら絶対だめ。
「そんなのって、転がってるのか?!」
叫んだ瞬間、衝撃が来た。
勢いよく前に振った右手の先の指定カバンががつんと何かにぶつかった。続けて右肩と全身。
あれ、視界がグレーに染まっている。これってアスファルトじゃん。
私こけたの? 何かにぶつかって?
「ごめんっ、前見てなかった!」
ちょっと高めの男の子の声がして、私は勢いよく助け起こされた。こっちを気遣わしげにうかがうのは、見たことがあるかもしんない、かわいい感じの男の子の顔。汗が浮いている。うちの制服だ。そしてシャンプーの香り。
「怪我してない? 痛いところない?」
「だいじょぶ……ああ! 時間!」
私は慌てて左手を持ち上げる。時計は44分。
「あと1分、やばくない?!」
「俺なら大丈夫、いつも走って知ってるから!」
彼は私を立ち上がらせると、それが当然って感じで手を引き、走り出した。
いつもより大きな自分の歩幅に、なぜかちょっとドキドキする。
……にしても……いたんだなぁ、こんな真面目そうな男の子でも毎日走ってギリギリの子。
「転がってた、かも」
私はこみ上げてくる何かの予感に、状況には不似合いな笑顔を、隠しきれずにいられなかった。