星神のしもべ
Kazami SHIHO feat. Orue
ラーダの祝日で、オランの神殿もお祭りだった、ある日のお話。
出し物をしたりご馳走を並べたり、来る人来る人を誘導したりこの日のために作っておいた子供用のおもちゃを配ったりで、関係者はてんてこ舞いの忙しさだった。
日ごろ神殿に詰めている者はもとより、縁のある若者も、片付けの後の振舞い酒だけを報酬にオランじゅうからかき集められていた。
そんなわけでリージャもその日は論文の手を止めて、何人かの勉強仲間と一緒に神殿に上がった。紙風船を渡したり、豚汁を注いだり、久々に養父と連れ立ってやってきた義妹のことを同輩にからかわれたり、めまぐるしいうちにとっぷりと日は暮れる。
祭りはやっと、お開き。
若いもんは気もそぞろにあらかたの片付けも終え、樽で運び込まれたいろんなお酒を手に手に談笑、時には馬鹿笑いや囃し立てるような声をあげているところ。
「飲み会ってさあ」
リージャは人がまばらなところ、杯よりは料理の皿のほうが多い一角に陣取って、さじをひらめかせていた。
「……なんです?」
傍らには空になった樽にもたれるシャルト。宴の割と最初のころに、固持していたのに体格のいい者共に無理やり一杯飲まされて、以来何かが抜けたようにしていた。
本当に弱いんだなぁとリージャは笑む。
「他の人飲む方に集中してるから、おいしいの好きなだけ食べられていいですよね」
「まぁ……それはそうですね」
「でしょでしょ。このひじきの煮付けおいしいですよ」
んじゃ少しだけ、とシャルトはのそりと大皿が広げてあるあたりまでやってくる。
「あぁ、ほんとだ。ご飯ほしくなりますね」
うんうん、とリージャは口にものを入れたままうなずく。こちらはエールの杯も脇に確保して、ちびりちびりとやっていた。そのまましばらく二人で豆腐やら、ジャガイモだらけのオムレツやらをつつく。
なんとなく動作が緩慢なシャルトを見やって、リージャがまた口を開いた。
「すっぱいぶどうの話って、知ってますか」
「……? ……あぁ、あぁ、……あったような。どんな話でしたっけ」
酔いと疲労のせいでいつもより鈍い思考をめぐらすシャルトは、文字通り頭も一緒に回転させている。
「狐の話ですよ。ぶどうが取れなくて、あれはすっぱいぶどうなんだ、って言う」
「そうだったそうだった。ソレルが言いそうな話ですね」
「あは、確かに。
この話って結局、何を言いたいんでしょうね?」
寓話って何が言いたいのか、わからない話ってありますよね。とリージャは続ける。
「さぁ、試しておられるんじゃないですか、ラーダ様が」
「そうかも。
……子供なら感じたとおり、その狐を見てばかなやつって、笑ってればいいんですけどね」
「狐ってお話ではあんまりいいものの象徴に使われないですしね」
「ラーダ様の御使いなのにね」
そしてまたしばし、口は食べたり飲んだりするほうに忙しくなる。
「……でも狐は、努力したじゃないですか」
しばらくしてエールを干したリージャが、また口を開く。
「?」
「最初からなにもしないで諦めたんじゃなくて、跳んで自分で取ろうとして、無理だったから諦めたんですよ。
それならいいじゃないですか、もうそれはすっぱいぶどうで」
「……うーん」
シャルトは体力の限界が来たのか、さじを手にしたまま横向きに芝生に寝転んだ。
「あんまりいつまでも頑張ってても、他の動物に笑われるかもですし。
やってみて、だめだった、すっぱい、それでいいんじゃないですか? それも案外、大人でいいんじゃないかと思いますよ」
「……そういう、意見は……、初めて、聞きましたよ」
「うん、僕も、初めて、言いました」
リージャは空っぽの杯を手で遊びながら、いつもはしない顔で笑ったが、芝生の上のシャルトには見えたろうか。
枝豆がないな、と立ってエールと一緒に持ち帰ってきたら、シャルトはもう目を閉じていた。
「それとも、一度手を伸ばしたものを、言葉だけでもすっぱいと決めつけるのは気がひけますか?」
返事はなかった。
「――ほら、ここで寝ると風邪ひきますよ」
とりあえず屋根と壁のあるところへ、と力の抜けて重い体を動かそうとしていると、手伝うよと声が掛かった。
「ソレルさん」
「なあ、何かさっき、オレの噂してなかったか?」
「あぁ、ははは。酔っぱらいの話ですから」
「ふぅん。いいけどな。
昼間来てたの、親父さん?」
「そーです、ローランティアの家の。父と妹が」
「へぇ、あの子か。いいなずけだっけ」
「妹ですってば。 ――紹介しましょうか?」
「ほんとか? いや、エンリョする」
軽口に乗りながらふと、あらぬ方を見たソレルに、そうですか、とリージャは応え、二人してシャルトを芝生の上から引っ張っていく。
「お前もお祭りの日にさ、男の酔っぱらい運んでる場合じゃないだろ」
「がーん、そうですね。……なんちゃって、うーん。
こんな時にお近づきになっても、その先に進めるわけじゃないですし」
「そうか?」
「そうなんです。」
そうなのか、と今度はソレルが反芻した。
「――自信のない男じゃ駄目なんですよ」
シャルトを手頃な部屋に押し込んで、誰もいない厨房で水をコップに取って飲んでいたとき、リージャは唐突に言い出した。
「女の子は星みたいなもんで、こっちから輝いてるのは見えるけど、手は届かない。でもいつか瞬き返してくれると思って近づけるように努力するんです」
とうとうとまくし立てて、リージャはこてんとカウンターに頭をもたせかける。
その姿に、ソレルは言ってやる。
「前向きだな。偉いよお前」
感慨深げにそう言われたリージャは、一瞬きょとんとした。
そして酔っぱらい特有の大仰な様子でのけぞった。
「感心されたーっ?!」
「そこで驚くなよっ?!」
END.