序

柚鵜-ユウ-じゃねえか、なんだ、今日は重役出勤か?」
 昼時とあって騒がしい、酒場兼食堂のドアを開けると、奥の階段わきに置かれた机の前の男が声を掛けてきた。
 柚鵜-ユウ-の現在の仕事場は階段-うえ-の三階、いわゆる情報屋だ。
「あ、おはようございます。ゆうべ遅かったんで……」
「いや、俺に言い訳する必要は、ねえだろ?」
 この男は柚鵜と同じ情報屋の大先輩に当たる。詰め所から出されていると言っても、閑職に飛ばされてというわけでは決してない。
 彼は日々このフロアにたむろっている『冒険者』と呼ばれる者達に情報を金で取引し、また、ここに集まる噂の収集なども担当している。
 部下の数こそ少ないものの、これも要職。れっきとした幹部である。
「はあ、まあ」
 柚鵜は苦笑した。自分の帰りが遅かったことなど、この男はとうに知っているだろう。
 そうでなかったとしても、直属の上司でもない彼に言い訳など口に出すだけばかげている。
「そうだ、お前、推薦の件はどうするんか、決めたか?」
「……お受けしようかな、と」
「そうか、分かった。んじゃ上には俺の方から伝えといてやるとするよ。  ……で、入団試験と言っちゃ何だが……」
「団って、青年団じゃないんですから」
 情報屋の若い者の中でも敏腕を競い、弓の腕も一級。それだけではなく、術の類にも才能を-あらわ-す柚鵜を、王宮の魔法部隊にどうかと推薦する話があった。
 もともと王宮と繋がりの深い情報屋勤務、柚鵜としても断る道理はあまりない。
「……似たようなもんだろ?」
「だいぶ違うと思います」
「……そうか。」
 それきり男が沈黙してしまい、柚鵜は慌てて聞き直した。
「で、入団試験とやら、ですけど」
「おお、そうだったな。……あそこの嬢ちゃんの護衛、なんてのぁどうだ?」
 男が指さしたのはドアを開けてすぐ右手のカウンター  『冒険者』向けの依頼が所狭しと貼り出されているあたりで雑談に興じる女の子たちだった。
「……ああ、伽羅椰-キャラヤ-ですか?」
 柚鵜は正確に、その四人のうちで一番年の若い子の名を挙げる。
 13、4歳に見える、頭の後ろで黒髪を留めた少女。元気よく身振りを交えながら、他の三人の、20歳をいくつか過ぎたほどの女性たちに何事か話しかけている。彼女らが伽羅椰の姉たちであることを柚鵜は知っている。
 ち、知り合いか、と男が何故か悔しがった。
「ええまあひょんな縁で。
 で、何故彼女を?
 ……ギルドマスターの娘だから、ってことで?」
 問うた声音に微妙な色を-にじ-ませた。
 男は得たりと笑う。
「……知ってるなら、それで十分だろ」
「そりゃそうですね。
 護衛って、彼女何かに狙われてでも?」
「いや、狙ってるのはあの子の方だ」
 男は笑顔のまま言った。柚鵜は思い当たるものに、薄く汗をかいた。
「……知ってるだろ、今店で一番話題の依頼。
 あれを受けるんだとさ」
 ……ため息とともに柚鵜は軽く肩を落とす。
「またか」


 Flare Beast
  羅紗綺想


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