traveling
「そうだ、京都行こ☆」
言うなり長男・千夜はふ〜ふふん♪ ふっふふん♪ と鼻歌を歌い出す。何だっけこれ、確か音楽の時間にLDで見た『サウンド・オブ・ミュージック』の歌だよね。雷で怖がる子供達を慰めてる時の。
「My Favorite Things、私のお気に入りって曲だね」
と、すかさず峰子お姉ちゃんの解説が入った。お姉ちゃんは時々こっちの考えを読んでるような気がする。……それともただ単に、同じことを考えてただけかも?
要するに、鉄道会社の宣伝のあれだ。
ま、疑問は解消したし、朝ご飯を続行するとしようか。
「しん兄、お代わり……まだある?」
「ありますよ、沢山食べて下さいね。育ち盛りなんですから」
「誰かお醤油取ってくれない〜?」
「はい、どうぞですっ☆」
「アリガト、星ちゃん」
「あっ次私にも貸してね」
「……君たち……お兄ちゃんは寂しいよ」
無視された形になった千夜は食卓のはじっこでさめざめと泣いた。
「え、だってじゃむ兄、とーとつにネタ出されても突っ込みようがないって」
「そうそう。いつものことかと思って流しちゃいましたよ♪」
「さらっと、ねー」
「ねー」
この時とばかりに向き直り、すばらしいコンボで畳みかける、峰子と雅。
まあ、もぐもぐと目玉焼きのっけご飯を食べていた無空も星も、無空にお代わりを渡して座った真実も思うところは一緒だ。
「……しくしく。みんな喜ぶと思ったのに」
「CMの真似が?」
「うんうんっ、ってんなわけあるかいっ。旅行行かない? 京都」
お約束の一人ボケツッコミを織り交ぜつつ、千夜はもう一度提案を繰り返す。
「えっ」
「ネタじゃなかったんですか?」
「マジだったのね……」
「京都ですか? 行ってみたいですっ☆」
慌てたのは皆のほうである。急に注目が集まった千夜は、この上なく満足そうだ。
「今年はゴールデンウィークに休みが取れそうなのですよ。ってわけで、みんなで行かない?」
「行ってもいいけど……」
お姉ちゃんはおもむろにお箸とお茶碗をテーブルに置いた。
「けど?」
「 紛らわしいネタ振り、するなーーーーーっ!」
「あーーーれぇーーーーー」
「……今日もいつも通りの朝ですね」
何事もなかったように味噌汁をすするみんなの前で、千夜は峰子の振り抜いたハリセンにふっとばされた。
「で、ゴールデンウィークに休みって……じゃむ兄いっつも部屋にいるんじゃないの?」
「失礼な、ちゃんと僕だって仕事してますよ」
千夜は口を尖らせる。
「そうそう、前々から疑問に思ってたんですけど。じゃむ兄の仕事って何なんですか?」
「それは……秘密♪」
「えー? 教えて下さいよ、減るもんじゃないしい」
「雅、駄目駄目。私らですら全然教えて貰えないんだから」
「そうなんだ……ちぇ」
「三河屋の店長以外に何か仕事持ってるっぽいってのは確かなんだけどねぇ。部屋でできる仕事、パソコンいっぱいあるからそれ関係かなとか踏んでるんだけど」
「っ☆ 格好いいですねっ☆」
目を輝かせる星だったが、千夜はちっちっちと指を振った。
「実は毎日ちゃんと出勤してるのだよ、みんなに分からないように。
窓から」
「……不法侵入みたい」
「むしろ夜逃げ?」
「どっちかというと……中学生の家出でしょうか……」
「…………あなたたち……」
再びさめざめと泣く千夜。無空と雅はささやきあった。
「しん兄って、時々とどめ刺すよな」
「うんうん。さすが僕らの家族だね」
「な、私っ? ごめんなさい……」
「や、しん兄悪くないから。……で、旅行? おーい、泣いてないで帰ってこい」
慌てた次男にフォローを入れつつ、峰子は千夜の泣き真似を軽くいなす。
「はっ、そだった。
みんなゴールデンウィーク空いてる?」
「僕はまだ何にも入れてないけど。星ちゃんは?」
「空いてますよっ☆」
「俺も予定はないですよー。っていうか、問題は……」
「学生じゃない、しん兄だよね」
たくあんをぼりぼり噛む峰子。みんなの視線が真実に集中する。
「え、私ですか?
……ああ、まだ何も言われてないですけど、今年は休み取れるんじゃないかなぁ。
研究所で確認させて貰ってきますね」
「ほいほいっと、そんなら懸念材料はそれだけだし。これでみんな大丈夫かな」
「だね♪ ……って、お姉ちゃんちょっと待って」
「ん? ……何か忘れてるような。 あ」
「「「けん君っ」」」
ちょっとした、綺麗なハーモニーだった。
じゃむ一家とあだ名される、奇妙な家族がある。
一家といっても親や祖父母の世代にあたる大人がいるようではなく、年の若い子供たちばかりで、広い2階建ての小さな庭までついている屋敷に暮らしている。
実際の兄弟であるものもいれば、そうでないのもいるらしい。
長男、天衣千夜。その名をとって『甘いジャム』というのが家名の由来のようだ。計り知れないネタと謎の宝庫である。1階にある自室では、パソコンやらよくわからない機械やらが新旧入り混じってあふれているらしい。推定年齢26歳。
次男、真実。まみと読んでは『違う人』になってしまう。真の字から、しんと呼ばれている。25歳、一家のえさ係ということで台所を担当しているが、その製作物を一番消費するのもこの人である。どこかの研究所に勤めていて、ここまでの2人が社会人だ。
三男、和見。同じく見を音読みして、けんというのが通称だ。彼は働くことを趣味としていて、今朝もまだ新聞配達のバイトから帰ってきていない。それ以外の時間はこたつや縁側でぼうっとしていて、さながら定年を迎えて燃え尽きたサラリーマンの様相である。
四男、無空。長女なんかには『なっす〜』なんて、やたらフランクに呼ばれている。模型好きで手先器用氏という二つ名を持ち、家の2階にはその作品が占領してしまった部屋があるくらいだ。万が一開けるときには、溶剤だかなんだかの薬品臭に気をつけよう。
この二人は双子で高校2年生。それぞれ別の学校に通っている。
そして、長女峰子。幼いころ親を亡くしてこの家に引き取られたという。そのおかげで普通の人間だったはずなのにすっかり人生面白おかしくなってしまった、というのが彼女の言い分である。19歳、大学生。趣味は文筆、特技はツッコミ、そして家計の元締めだ。
次女、藤峰雅。三女のクラスメイトで無空の一級下にあたるが、次男ともなにやら縁があるらしい。二人とも特にそれについて語ったことはないので、すわ隠し子かと一家は一時騒然となったが、落ち着いてみれば年齢からしてそれは考えにくい。
三女は長女の妹で、長男たちからは義理にも本来にも従妹にあたる。探流星と書いて『さぐる しょう』と読むのだが、誰も彼も『せーちゃん』と呼んでいるのが実際のところ。最近は一人称まで『せい』になってしまった。
星の趣味はなぞなぞと三つ編みで、特に後者は油断していると髪の毛から紐のふさ、電気コードまで綺麗に編まれてしまっている。しかし雅の趣味にはもっと気が抜けない。日ごろから『スクープ』を狙って、カメラを携えているのだ。
この家で寝起きしているのは、以上の7人とペットの犬。これだけでもじゅうぶん騒がしい家族である。
けれどもそれに留まらず、始終お茶菓子や煮付けのおすそ分けを持ってきてくれる隣人のみなさん、お茶どきになるといつのまにかみんなに混じってこたつにあたっているお客さんたち、時々様子を見に来てくれる町のご住職や自治会のお兄さん、近くに住む親戚、勉強を見てくれる家庭教師の先生などが顔を出してくれている。こう列挙しただけでにぎやかさが伝わってきそうだ。
その顔ぶれのご紹介も、追い追いすることになるだろう。
「じゃあ、じゃむ兄はパソコンでも何でも使って宿とか調べて。しん兄、うちって旅行鞄とかあったっけ?」
こういうとき采配をするのは自動的に長女である。長男だとボケに走って話が進まないからね。
「修学旅行の時に使った、ドラムバッグぐらいならいくつかありましたね。かびたりしていないか確認しなければ」
「おっけー、んじゃ、やっといてくれる? あと、当日のお弁当も任せたからねっ」
「はい、雅ちゃん、星ちゃん、お手伝いお願いできますか?」
「うんうん、任せて♪ しん兄のお弁当、楽しみ」
「星もですよっ☆ 頑張りますっ☆」
「峰さん、俺は?」
「無空は……テレパシーで今すぐ、けん君の予定を聞く。とか?」
「む、無理無理」
「えー? 双子ならそのぐらいちょちょいっとできたりしないの?」
「できません、二卵性だし。 ……ってこれ関係ないか」
「お姉ちゃん、漫画の読み過ぎ」
「むう、つまんないなあ」
「……たしかに、できたら楽しいのですけれど」
「……ごめんなさい」
星にまで残念そうにされて、つい自分が何か悪いことをしたような気になってしまう無空だった。
「という冗談はおいといて、予定が決まったら支度するから手伝ってよ。何か要るものあったら、ご用聞きさんに頼んで揃えて貰わなきゃいけないし」
ご用聞きさんとは、長男が副業として店長をしている何でも屋・三河屋の従業員だ。
あくまでも店長業は副であって、本業は謎の長男である。
「ご用聞きさんには、お店の留守番も頼んでおかなきゃなんないなぁ。
けん君も今すぐじゃなくても、あと30分もしたら帰ってくるでしょ」
「ま、じゃむ兄の言う通りだね。それから聞いてみよう。
……しん兄、今日もごちそうさま♪」
「ごちそーさまでしたっ」
お行儀よく手を合わせるきょうだいたち。
「はい、お粗末様でした。さて、今日の食器洗い当番は……」
「僕と、なっす〜だねっ」
「ほーい」
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
ご飯が終わったら、雅と無空は後かたづけ、千夜は部屋に引っ込み、真実は出勤の支度を開始する。
星は峰子とこたつでお茶飲みしていた。学校が始まる時間はまだ先だ。
「あっ☆ 今、外で物音がしましたよね……?」
「は、ほんとだ。けん君帰ってきたみたいね」
その言葉どおり、程なく和見が玄関に姿を現した。
「ただいまー……おや」
「おかえり、ゴールデンウィーク、何日か連続して空いてる?」
出迎えた峰子はまだ靴も脱いでいない和見にいきなりこう声を掛ける。
「へ……、へ? 空いてたと思いますが……何でしょう?」
案の定、和見は目を白黒させて首をかしげた。
「なんか、じゃむ兄がみんなで旅行しようだってさ、京都。ご飯のときいきなり」
「なるほど……旅行かー、いいかもしれませんね」
和見はぽんと手を打った。
これで全員大丈夫、あとは細かい予定と荷物を詰めるだけだ。
「ちーづ、ごめんなさい。ちーづは今回はお留守番なのですよっ、でも、えさとお散歩は皆さんに頼んでありますから、心配しないでね? ……なのですっ」
数日後、星が庭で犬に話し掛けている。
ちーづという名は雅がつけた。長男が雑種の子犬を拾ってきたのを見て、『ジャムおじさんが飼う犬ならチーズだよねっ?』というわけである。もっとも、そう言われた長男は『おじさんじゃないやいっ』とひとしきり憤っていたが。
ちーづの方は、頭のよい雑種犬によくある落ち着いた目つきで、無駄吠えもせず、さっさと一家になじんでみんなの足にまとわりつく毎日だ。
このときもきゃんとも鳴かず、ん、よくわかんないけど、気にしなくていいよ? といったふうに首をかしげていた。
「てんちょー、旅行、今週末でしたっけ、でさあ?」
その頃、千夜は三河屋にいて、ご用聞きさんにこんな質問をされていた。
「うん、僕が留守の間も、2人ともお店のことよろしくね☆」
「がってん承知の助でさあ、どーんと任せておくんなましっ! でさあ」
「ええ、どーせてんちょー、いてもいなくても変わりないですし♪」
「うっ……ぐさぐさっ」
まるで何かが突き刺さったかのようなしぐさで、おおげさに胸を押さえて崩れ落ちる千夜。家の外、たとえば三河屋でもこんな風に、従業員の女の子 看板娘さんから厳しくツッコミを受けていたりする。
一億総ツッコミ養成ギプスと長女あたりに称されるゆえんだ。
一家の居間では雅に峰子に真実が、ちょうど回覧版を持ってきてくれたお隣のお姉さんを迎えて留守のことをお願い中だ。
「何日、行ってくるのかしら?」
「2泊3日です。ちょっと慌ただしいことになりそうですけどね。研究所もそのぐらいだったら休んでも構わない、とのことでしたし」
「そうね、その位じゃとても回りきれないとは思うけれど……京都だし」
きょうと、ふふ……とお姉さんは反芻している。真実は小さく「?」を浮かべた。
「でも、旅行なんて珍しいんじゃない?」
「うんまあ、じゃむ兄に連れてってもらうのは初めてかなー。
きっとあれでしょ、家族サービスってやつ。いつもみんなに苦労掛けてるから」
何もつぶやいていなかったかのようにお姉さんは質問を続けるので、何も聞かなかったかのように峰子も返事した。
「苦労? 家事やお手伝いの苦労かしら」
「いや、ボケへのツッコミとリアクションを強要されてる」
「ぷっ」
雅はお茶を吹き出しそうになって慌てて口元を手で押さえる。
「強要というわけでは……でも確かに耐久力は試されて、いますけどね」
「ふふ、そうかもしれないわね」
真実とお姉さんも一理あるとうなずいた。
「うう、キケンだった。
……そういえばお姉ちゃんっ」
息をついた雅は、突然何かに気づいたようである。
「ん?」
「ちーづの世話はお願いしてあるけど。お客人さんとパンダさんは大丈夫なの?」
お客人さんとは、一家のお茶時になるといつのまにかこたつにあたっているお客さん、パンダさんとはパンダの姿をして、看板やボディランゲージで意思を伝えてくる、やっぱりお客さんなんだか実はペットなんだかよくわからない存在である。
二人ともここで出されるお茶や笹(!)を貴重な生活の糧にしているようなのだが。
「うんまぁ、犬と違って鎖につながれてるわけじゃなし。
てきとーに、どーにかするんじゃない?」
旅行の話をしたときには2人(?)とも、行ってらっしゃいと笑顔で言ってくれたものだが。
「そっかー、まあ、そーだよねっ」
雅は安堵して再びお茶を含む。
しかし峰子は、客人さんがこの家に住み着いている妖怪、『座敷嵐』だということを知っている。
"もてなし"を中断したらどうなるのか? 座敷童みたいに、福を引き連れてどっかに行ってしまうのだろうか。
「まぁ、いっか☆」
考えてもわからないことは考えないに限る。雅をならってお茶をすする峰子であった。
謎は謎のままとして翌日。ついに出発の朝である。
「雅っち、お弁当包んどいてね。しん兄、ここのタオルは単に洗濯したもの? それとも持ってくためのもの?」
「あっ、それも詰めなきゃいけないタオルです、言ってくれてありがとう」
人数の多さに荷物が比例して、慌ただしさはさらにその倍になっている一家の身支度だ。
「ほい。そろそろ あ、無空、タクシー来た?」
表に出て荷物を並べていた無空が玄関に姿を見せたのを見つけ、峰子は声を掛けた。駅まではタクシーを利用する。それも、1台では到底乗りきれないので2台を呼んでいた。たまのぜいたくだ。
「僕どこに乗ればいかな? 星ちゃんの隣、いい?」
重箱もかくやという大きさの弁当包みを提げた雅が、やって来たタクシーの間をうろちょろしている。
「はっ、じゃあ横空けますねっ☆」
既に手荷物と共に乗り込んでいた星と2人、協力してお弁当を座席に載せる。こればっかりはトランクには預けられない。
長男は犬に朝ご飯をやり、次男はお向かいのアパートの管理人さんに家の鍵を託していた。
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
「はいはい、お気をつけて。楽しんできてくださいね」
早朝から見送りに立つお向かいさんだったが、いつもと変わらぬ笑顔で手を振ってくれる。
「お土産期待しててね?」
やがてそんな挨拶をした峰子が乗り込み、2台のタクシーは扉を閉めて走り出す。
「……はて?」
お向かいさんは遠ざかるタクシーたちの姿を眺めながら、ふとあることに気づいていぶかったが。
「……ふむ、今日も忙しそうにしていましたしね、現地集合といった所でしょうか?」
と、一人納得して管理人室へと戻っていった。
駅へと到着した一行は、やはりこっちでもおおわらわで荷物の運び出しを終えたところだ。
「ほいほいっと、座席の足元にも何も落ちてない? じゃあ、これでみんな大丈夫かな」
「だね♪ ……って、お姉ちゃんちょっと待って」
「ん? ……何か忘れてるような。 えーと……」
なんだろう? と、手に手に大荷物小荷物を下げたみんなが首をかしげた。
「カバンはー 1、2、3、4」
それぞれ長男次男の荷物、双子の、女の子コンビの、長女のとその他の小物いろいろ 帰りのきっぷやらドライヤーやらを入れた大きめのバッグ。
そして各自、貴重品は肌身はなさず持つようにした。
「大丈夫だね、うん」
「ごめんお姉ちゃん、気のせいだったみたい」
大荷物を真実と無空と、千夜は肩がけとリュックの2つをしっかり持っているのを確認した峰子や雅はうんうんと確かめるように何度もうなずきあった。
「じゃあ行きのきっぷ配るから、みんな手ぇ出して。 まずじゃむ兄 」
……峰子とみんながそのでっかい忘れ物に気づくまで、あと30数秒。
「わぅ?」
ちーづは、みんなが出かけてしまって、珍しく静まりかえった一家でしばらくまどろんでいたが、ふと人の気配を感じてきょろきょろした。
空気の匂いをかいで足音に耳を澄まし、なぁんだよく知る一人かと尻尾を一振りして目をつぶりなおす。
そして程なく和見が玄関に姿を現した。
「ただいまー……おや」
こちらも珍しくしいんとした家の様子に、所在なげにあたりを見回したが、まあ朝っぱらだしみんなでゴミ捨てにでも行ったんだろうと深く考えずにこたつに腰を落ち着ける。
玄関にあった、2泊3日分の犬のえさや留守をお願いした人たちへの置き手紙には気づかずじまいだ。
「それにしても、たまには静かなのものんびりしていていいですねえ」
手ずから入れた茶をかたわらに、その名のとおり一人しばらく和む三男。
庭ではちーづが、大きなあくびをしていた。
END.