花よ、私と踊りましょう(仮題)
最終更新:
2008/10/09 13:41:23
月光華亭の冒険者達には、三部屋が用意された。
すんなりと部屋割りは決まり、晩餐を終えてしばらくすると、それぞれが与えられた部屋へ引き上げる。
「何の話であんなに盛り上がってたんだ?」
リージャは同室となったオーグルに問いかける。晩餐とそれに続く談笑の間中しきりに、オーグルは領主の孫娘を笑い転げさせていた。
「ああ、リナリアか。何も、普通の話をしてただけなんだがな。
どうしてまた?」
リージャはにやりと笑って言う。
「だってさ、お前が女の子相手に、普通の話をして楽しませることができるなんて、珍しいじゃないか」
「お前なあ、仮にも交流と笑いの神の神官を捕まえて、何を言ってるんだ。
と言いたいところだが、そうなんだよ。あの子は聞き上手だな。話し上手に聞き上手、優れたチャ・ザ神官の素質があるぞ」
って、伝道師のせりふかよ、いや、あながち間違ってはいないか。
「学院に入れる、って話じゃなかったか?」
「だよな、もったいないと思わないか? 学院なんて偏屈連中の集まりだぞ。父親はうまいこと嫁さんを捕まえられたのかもしれないけどな、娘をあんなところに入れたが最後、あっという間に立派な嫁き遅れの一丁あがり、だ。
ああいや、中には愉快なのもいないじゃないが」
「そりゃどうも、ご配慮ありがとう」
「……どういたしまして」
この、変に素直なところがオーグルは時々卑怯だと思う。
ベッドサイドには卓がしつらえてある。飴色の天板の上には、青い釉薬で森や動物たちが描かれた陶製の水差しと、揃いのカップが置かれていた。
リージャはカップの鹿をなぞった。昼間、門をくぐった時にも感じたが、この城の調度は、暖かみを感じさせる、よい趣味だ。
どことなくほころんだ気分を感じていると、オーグルがそれを察したのか、部屋の四方を大きく振り返って言う。
「
城ってのもいいもんだな。なんせ鎧をずらりと並べても誰も文句言わない。それどころか雰囲気がいいと褒めてくれるぐらいだ。おまけにその堅牢さといったら、ただの民家とは比べ物にならん。俺もひとつくらい欲しいと常々思ってるんだが、どっからか降ってこないもんか」
たしなめを待つようないつもの調子に、リージャは苦笑する。敢えてそれには乗ってやらない。
「どんな城がいいんだ?」
「どんな、って
」
オーグルは目線と舌をさまよわせる。
「お前、そりゃ、あれだ。
変形合体は欠かせないな」
どんな城がいいんだ。
お前、実のとこ何も考えてなかったろ。……まあ、それもいつものことか。
「どんなだとしてもお前の城なら、騒がしいのだけは確かなんだろうけどな。
旅芸人とかいつもいて」
「あ、それいいな! 来ないかなあ、グラスランナーだけの一座」
リージャは笑う。
そのまま、何も言わずに水を注いでカップに口を付けていると、オーグルはそれが物足りなかったのか、肩をすくめて吐き出した。
「でもまあ、夢だよ、夢。あるいは、酒の席での与太話だ。
いくら名前が売れようが、俺達は結局冒険者に過ぎない。どちらかと言えば、こうやって他人の城に出入りしているわけで、旅芸人の方に近い身分だよな。根無し草ってやつだ、ひとつところにじっとしてられるって性分じゃないんだ。
そうだろ?」
……リージャはコップを手にしたまま、ゆるく瞬く。
オーグルは気負わずに相槌を求めただけだった。そしてリージャはうなずくことができない。
あるいは、これを言ったのがオーグルでなかったなら、リージャは即座に打ち消すか、冗談めかして続けるかできたのかもしれない。
なんでそれをお前が言うんだ。いや、お前だからそれを言えるのか。
根無し草と言っておいて、それでも、オーグルならばその上でも、自分のいる場所こそが居場所だ、と言い切れるのだろうから。僕にはそんな強さはない。いつだって拒まれることを怖れて、本当にほしいものを口に出すこともできない。
仕方がないんだ、と、言い含める自分も頭のどこかにいる。だって、うなずくことができないのを、オーグルは知るはずもないんだ。僕が使う家という言葉を、きっと、ちょっとした価値観程度にしか思っていないんだろう。ある時までは自分でもそうだった。
でも、それを正すのは、まさに怖れているそのものと同じことだ。
好意や信頼に身を委ねることはできる。だけど、本当は理解してほしい。
そのための努力をしていないことを自覚した上で、こういう時には、それが叶わないことを思い知らされる。
どうしてだ。
仕方ない。
「
リージャ?」
オーグルの訝るような呼びかけが聞こえた。リージャは頬を引き上げて、諦めに似た溜息をつく。まるでオーグルに向けたみたいに、聞こえればいい。
「……、
まあ、お前の場合、アビィさんもエルフだからなぁ。家庭を持って、街や村に根を下ろすってのとはほど遠いよな」
これくらいの口調なら、隠しおおせただろうか。
皮肉になりきらないような、いつもの軽口のような。
オーグルは満更でもなく笑んだ。
「ま、そうなんだよな」