ビパルティタの日記



 母が亡くなった。
 私と父で静かに見送った。
 生まれとは異なる一門へ嫁いで、苦労の多かったことだろう。望めば最新の施術で延命することはできたろうが、父と母自身の希望により、この歳で生を全うすることになった。
 あなたの花嫁姿が見られないことだけが心残りだけど、と言い遺して逝った。
 奇しくも今の私は、母が嫁いだ時と同じ歳になる。
 仕事が趣味で、男性を家に連れ帰ったこともない私は、そういう意味では親不孝だったのだろうか。
 しかし、当時の女性としては珍しく、祖父に逆らってまで、自分の初恋を貫いた母のことだ。いつか思う人と巡り会うまでゆっくりしていることを、笑って許していてくれるのだろうとは思う。
 その日がいつになるかは、わからないけれど。


(研究生活について書かれている。幻覚魔術について。研究室の上司や同僚について)


 統合魔術を唱える一派と会食する機会があった。
 今後の魔術、ひいては王国の展望について興味深いことを伺った。
 魔力の塔については通り一遍のことは聞いていたが、実際に運転に関わっている者の話を聞いてみれば、伝わっていないことも多いのだと目を開かされる思いだった。
 また、我々が蛮族と呼ぶ種類の人々についての考察についても驚きであった、と記しておく。
 彼らの話では、今後徐々に魔術が扱えない人間が増えてゆくのではないか、という。
 ……


(統合魔術に手を出してみたと書かれている。派閥争いのことなど)


 ……
 先月から身辺の護衛を任せている蛮族の青年のことで、同僚が繰り返し、過ちのなきよう、彼の精神を縛るべきだと念を押す。
 私はその必要を感じない。よく気の付く、繊細な感性の持ち主だ。精神に力を加えることによって、彼の美徳が損なわれてしまうことを私は惜しむ。
 真に自由な者の精神は縛るべきではない。以前に聞いた、蛮族と我々の違い──実は大したものではないかもしれないもの──を思い起こすにつけその気持ちを新たにする。
 ……


(信頼を寄せる蛮族の青年と親交を深めていくようすが書かれている。)


 彼の生まれ育った村を訪れ、その肉体と精神を育んだものたちに触れた。
 彼の家族は穏和な人ばかりで、お母さんは目じりに笑い皺の多い、ころころと笑うという言葉がふさわしい人。妹は村の語り部に弟子入りをしていて、夕食の支度を待つ間中ずっと、驚くほど多彩な物語を私に聞かせてくれた。
 私のような者がこのように暖かく迎えてもらってよいものかと思う。彼は気にすることはないと言うけれど。
 ……


(統合魔術に触れるうちに、対抗勢力である、召喚魔術や精神魔術についても研究を深めねばならないと書き進められている。)


 久々に召喚魔術師の一門を訪う。
 私から見れば母方の祖父とその係累に当たる人々だが、何度顔を合わせても、気の休まるものではない。それはいつものことなのだが。
 去年、彼の村で歓迎を受けたこともあってか、今年は特にその思いを強くする。魔術師は貴族こそ神々から力を預けられた正しい人のありよう、と言うが、血の繋がらぬ私を家に招いて安らげてくれた人々と、情を律する、という言葉の元に、実の娘や孫であっても冷たく接する彼ら、どちらのほうが人間として正しいのだろうか。


(日記にのろけが混じってくる。家族しか呼ばない名前を呼んでもらったときの喜びなど)


 今日はとても嬉しいことがあった。
 この知らせを受け取った時が間違いなく、これまでの私の人生で一番輝いていた時であったろう。
 しかし、これからは、更に輝いたときが待っているのだ。
 私と彼と、おなかの子と三人で。
 惜しむらくは父が私の選択を許してくれないことだけれど、……一族の反対を押し切って母を娶った父だのに──いや、今このことを書くのはよそう。
 母はきっとどこかで喜んでいてくれるだろう。
 私はそれを疑わない。


(日付が飛び飛びになっている。育児日誌を付け始めたことが書かれている)


 祝福されない子を産んだ私は、悪い親なのだろうか。伯母たちが私を罵ったように、親不孝な娘であるのだろうか。
 そうは思わない。もし私がそう言われるのであれば、社会の方が間違っていると私は確かに言える。
 しかし、社会を正そうなどと、大それた野望を持っているわけではない。
 ただ私が願うこと、それは、都を彼と息子の三人で手を繋いで歩くこと。
 私が彼の両親に娘として迎えられたように、父に私の息子として彼を認めてもらうこと。
 私の息子を孫として、父の腕に抱かせること。
 それだけが私の願いであり、祈りだ。


(手記はここで終わっている。)