花よ、私と踊りましょう
第十章 過ぎゆくとも消えないものを両手に集めて
セルウィンは軽い脱水症を起こしている、というのがリージャの見立てだった。てきぱきとその場でできる処置を済ませながら、冒険者達はそれぞれの知り得たことを交換する。
あの世界には呑み込まれた者の身体を維持する力はなく、時間の経過と共に、それなりの負担が掛かるようだ。他の犠牲者 おそらく調査に訪れ、ここを封印した古代王国人の仲間達は、リナリアと同じ運命を辿ったのだろう。
リナリアが現実世界につかの間現れ、消えて行くまでのわずかな間に、そちらに気を取られた冒険者達に気づかれることなく、ベゴニアは姿を消していた。リージャは結局、あのどこか、人間に毒されたところのある魔神とは、顔を合わせずじまいだった。
球体の中には今はただ、姫金魚草の花がたたずんでいた 二度と、光を放つことはないだろう。
「 なら、もう危険は去った、と見ていいのね?」
ルメリアのまとめに、ルシェがふらりと部屋を出て行く。
やがて駆け込んできたモルガナが、襟をゆるめられて横たえられているセルウィンに泣きながら勢いよく抱きつき、同じぐらい慌てたグリフィスに引きはがされた。
☆
「では 、リナリア=ビパルティタ=コルネール。この女性が、我が一族の母なる魔術師、ということになりますかな」
すべてを聞いた男爵は、リージャと同じ結論に達した。
「そうだと、僕も思います……、自分の子供の未来のために、魔術師とそれ以外の人々の、垣根を越えようとした人、です」
言葉を選ぶリージャに、男爵は頷いてみせる。
「さよう、それこそは、我々が賛同するマナ=ライ師のお考えと同じことと聞こえます。違いますかな、若き魔術師殿」
胸が詰まった。
ただ穏やかなまなざし。この人も、子孫なのだった。
リナリアさん、あなたの したことは無駄なことだったかもしれない、だけど、それでも、あなたの気持ちはこうやって、今も息づいているのかもしれない。
リージャはセルウィンが運び込まれた部屋を男爵に確かめて、そちらへ向かうことにした。城下から呼び寄せた治療師はまだ到着していないというし、こまごまとしたことを男爵に報告するのも、文献を詳しく調べたルメリアたちの方が向いているだろう。
部屋の扉をくぐる間際、ルシェが何事か口にし掛けたのが耳に触れた。
「時に、男爵 」
☆
しばらく床を借りて静養するセルウィンとその仲間たちに何度も感謝の言葉を捧げられ、繰り返し引き留める孫娘や家人に丁重に断って、彼らがコルネール男爵領をあとにしたのは、その日のうちだった。
牧草地のなかを伸びる土の道を踏みながら、リージャは振り返った。城壁の載る丘の向こうに、傾き始めた日光に照らされた森がある。
この時期の日は短い。もうすぐその光には色がついて、草の上を渡る風は冷たさを増すだろう。
「これでよかったのかな」
耳に届いた声は、金属の触れる音を伴っていた。
「 なんて、思ってるわけじゃないだろうな」
振り返りつつ歩いていたのを見とがめられ、リージャは傍らを歩くオーグルに視線を返す。
自分の、目覚めさせようとする働きかけが、結果としてリナリアをこの世から追いやってしまったこと。
あるいは、柄にもなく感情を露わにしてしまったこと。 オーグルは知らないが、リナリアにもセルウィンにも、だいぶ偉そうなことを言ってしまったこと。
オーグルがどれをさして言っているのかはわからないが、そのどれにもに対してのつもりで、リージャは応えた。
「オーグルなら、そんなことは思わないんだろ」
……でもその違いは、善し悪しじゃない。
浮かべた微笑をどう取ったのか、オーグルは兜の奥からこちらを見据えたまま、声を繋ぐ。
「お前さんの判断が、彼女にとって、あるいは、神様の視点から言って、絶対に正しかった、とまでは言わんさ。いくら俺でもな。
……だが、俺はああいう風に甘いだけの夢に溺れてる奴は好きじゃない。だから、やってよかった、と思ってるよ」
いつものオーグルらしいちょっとした長広舌。
「まあ、どんな夢でも夢は夢だしね……」
応じたのは、ルシェと並んで珍しく先に立ったルメリアで、彼女は自分の左手を軽く持ち上げると、ちらりとその薬指の指輪を眺める。
「それよりも……、」
言葉は続きかけ、そこでとどめられる。隣を気にしたような仕草があった。
ルメリアが、あの世界の中で誰と遭ったのかは聞かなかった。
しかし、いつの間にかその手に宿されている輝きこそ、何よりも雄弁だ。
リージャは遅れがちになっていた足を速める。ルメリアが、心中を打ち明けて甘えることのできる腕の持ち主の元に早く帰ることのできるように。
オーグルを抜かして、アレックに並べば、考え込んでいた風情のアレックが言葉を添えた。
「その結果に関しては、もう俺達には手の届かない所だがな……。
それについて考えていく事は、結論が出なかったとしても、悪い事では無いんじゃないか」
「……そうですね」
その考え方が、らしいなと思う。
前を歩くルシェの、鼻歌が聞こえる。
……結果、か。
リナリアにとって、あるいは、事件としては終わったことでも、あの世界でつまびらかにされたことは、自分の意識の中で『終わる』ことはないのだろうと思う。
この依頼がなかったら、存在しなかったわけでもない。確実に何かが変容しているだろうことは感じるし、変化し続けていければいいなとも思うけれど、終わることはきっとない。
それは幸せなことかもしれない。
なぜなら、それこそが
……そうして、そういったものを、ずっと誰かに伝えていけたなら。
「そういえば、ルシェさん」
ふと思い出して、リージャは先頭を進む背中に声をかける。ルシェは鼻歌を止めて、ん? とこちらを顧みた。
「男爵に、何か訊いてましたよね。あれは?」
空は高く、青い。
「 何、大したことじゃないが、ね」
ルシェは破顔する。
「あの家のお嬢ちゃんは、代々リナリアと云うそうだよ」
"Dancing with Flower"
Fin.
写真素材:clef
© Kazami SHIHO 2008. / © Witch With Wit-* / ©月光華亭
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